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明治維新の立役者 第二弾 大久保利通に思うこと!

幕末、西郷や小松と共に薩摩藩の中枢で活躍した。明治維新後、明治2年7月に参議に就任したがこのころから西郷との意見が合わなくなる。その後、西郷は鹿児島に帰るのだが... ....
また現在の霞ヶ関官僚の元を作ったのが利通だったことはあまり知られていないようである。

■志士時代の利通


利通は公私の区別がはっきりしていた人物であった。内務省では威厳があり、靴音がしただけで職員は私語を慎み、利通の周りの人々も意見を申し仕上げることが出来なかったようである。もしかすると意見を聞かなかったのかもしれない。
おそらく孤独で相談する相手もいなかっただろう。権力者や英雄は昔から孤独である。そんな利通も家では子煩悩で家族思いの良き父親だったようで、利通が帰宅すると子供達が先を争うように玄関まで向かい出たという。

■参議時代の利通


西南戦争前、西郷が参加していることが分かると鹿児島で会談を希望していたが叶わなかった。西郷の死を聞くと号泣し【おはんの死と共に、新しか日本がうまれる。強か日本が】また、西南戦争終了後【自分ほど西郷を知っている者はいない】と言っている。意見は違っていたが、やはり心の友であったのだろう。

上辺(うわべ)だけではなく意見や相談が率直に出来る友を作れ!どんなに優秀な人物でも一人では何も出来ないのだ。


by満太郎
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テーマ : 生きることは学ぶこと
ジャンル : ライフ

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面白いです

この維新編、面白いです。
続けて欲しい
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